交差する彼らの居場所  第二章『解放』
作者: 悠蓮   2009年05月24日(日) 00時00分55秒公開   ID:XnxKweJ8Y8w
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 謎の箱を追うため必死に走る彰人。
 普段はめったに来ることのない路地の一角で、その箱は静止していた。
「……はあっ、はあっ」
 体育の授業以外ろくに運動しない彰人はそれでけでかなり息を乱している。
「っふぅ」
 少し落ち着いたところで彰人は改めてその箱を見つめた。
 先ほどのようにずっと浮かんではいるが、他にそのことに気づく人はいない。
 いや、むしろこの辺一帯に人がいない。大分奥まで来たらしかった。
「……すげぇ」
 浮かぶ箱に彰人は行動を起こすことが出来ない。
 箱からもれる淡い光は幻想的で、引き付けられるものがあった。
 彰人が箱に見とれていると急にその箱は光を増した。
「……っ!」
 あまりの眩しさに思わず目を瞑る。
 先ほどまで単一だった光に鮮やかな色がつき、あたりは一種の別世界と化す。
 あたかもサナギから蝶が羽化するかのような厳粛な雰囲気がその場を支配する。
 彰人が箱にもう一度視線を戻そうとしたそのとき。
 急速に光が一点に集まり、閃光が止まった。
 光が集った場所を見る。
 そこには箱と

 その上に座る小さな女の子がいた。

「……へ?」
 それはまぎれもなく、女性特有の柔らかな髪と透き通った瞳を持つ少女だ。
 少女の服は肩だけが出ており、箱の一面にある文様が描かれている。スカートは大きく広がっており、そこから出ている足は素足だ。
 体のサイズは彰人の両手にすっぽり納まるぐらいしかない。
 そして彼女の一番背中には左右二枚ずつ、計四枚の『羽』が生えている。
 彰人が驚きながら少女を見つめる。
 どう考えても存在そのものがおかしい少女だ。普通ならただの夢だと思うだろう。
 それでも彰人はこれが夢だと思わなかった。古典的な頬をつねるという確認動作もしていなかったが。

『そこか!』
 突然、秋との隣に建っていたビルの頂上、そこから声が響いた。
 とっさに彰人は声のしたほうへ視線を移す。そこには昨日見た獣がナイフをくわえ少女を睨みつけている姿があった。
「……あいつ! って、あ!」
 彰人が獣の登場に気を取られていると、昨日と同じように視界の端で何かが動く。
 見ると少女が今まで乗っていた箱を放り出しどこかへ飛んでいく。
 箱が地上に着くと同時に、あの獣が彰人の前に下りてきた。
 同時に落ちてきた箱を一瞥し、
『封印がとかれた……? 一体何が、いや』
 少し困惑するそぶりを見せる。しかしそれを振り払うかのように少女の後を追おうとする。
 が、気がつくと彰人はその獣の尻尾を、


 踏んでいた。


『〜〜〜っ! 貴様っ何をする』
 自分でもとっさのことだったので、足元で暴れる獣を呆けながら見つめる。
 ずいぶん元気な奴だなと思う。
「っ! 痛!」
 ボウとしているといきなり足を引っかかれた。
 イラついたので獣をつまみあげる。
「なにすんだよ!」
『先に人の尻尾踏みつけたのはそっちだろう!』
 何も考えずに獣に文句を言うと、当たり前のように返事が返ってきた。
「……つか、お前何者だよ。なんで昨日からあの箱の周りうろちょろしてんだ」
 その前に獣がしゃべっていることはどうでもいいのか。
 先ほどから『あり得ない』ものを大量に見せられたせいか彰人の頭は飽和状態だ。
『うるさい。 貴様こそなぜあれの近くにいる!!』
「……っ」
 先ほどとは違う強い口調に彰人は一瞬たじろぐ。
「俺が知るかよ。たまたま目に入ったから追ってきただけだ!」
『……たまたま?』
「たまたま」
 彰人の言葉に獣は沈黙する。
「おい、なんなんだよ」
『……貴様、魔道師ではないよな?』
「は? 魔道師って……」
 日常生活でほとんど現実味を持って使うことのない言葉を出され、ようやく彰人はこの状況が普通ではないことを自覚する。
 なぜ、今の今まで自覚できなかったんだろう……?
『……魔道師でもないのに、【ボックス】を探知した? しかも偶然……。そんなことは……いや、しかし』
 彰人が現実に感覚を戻している間、ブツブツと獣は何かをつぶやいていた。
 しかし、その大部分は彰人にとってなじみのない言葉ばかりだ。
「なあ、もう一回聞くけどお前何者だよ。ってかその妙な箱はなに?」
『質問するなら、まずおろせ』
 彰人につまみあげられて、宙ぶらりんの状態の獣がそう言う。
「いやだってお前逃げそうじゃん」
『逃げん! どうせ今から行ってもサモン・フェアリーの足取りは追えんしな』
「サモン・フェアリー?」
「貴様が見た精霊《スピリット》の名称だ」
「スピリットって……何の話だよ?」
 いきなり専門用語を連発され、困惑する彰人だがとりあえず言われたとおり獣を地面に下ろす。
 そろそろ腕も疲れてきたし。
 下ろされた獣は落ちている箱のところまで行ってその上に陣取った。
『とりあえず俺が何者ということだが……』
「そんな箱の上乗っても目線は同じになんねえぞ?」
『うるさい! 黙ってろ!』
 黙ってろとまで言われたので少しむかついたが素直に聞くことにした。
『で! 俺の正体は魔道師。この箱は精霊《スピリット》を封印するための魔道具通称【ボックス】だ。他に質問は?』
「いや、あるに決まってんだろ。つかはしょりすぎて意味わかんねえよ」
 説明する気ゼロの説明を聞いて彰人はそうツッコんだ。
『具体的に言わないせいだろ。バカめ』
「なに某人気漫画の台詞パクってんだよ」
 話がずれている気がする。
 こうしていては埒が明かないと彰人は思った。
「……じゃあ改めて聞くけど、まず魔道師ってなんだよ。あとスピリットとか、サモン・フェアリーだとか。どこの御伽噺?」
『御伽噺ではなくれっきとした現実だ』
 獣に思いっきり睨まれる。さっきから思ったがこいつは目つきが悪すぎる。一見子供や女性に受けそう外見なくせに。
『魔道師とは精霊《スピリット》の力を借り、魔術を行使する者のことだ。精霊《スピリット》はこの世を構成するあらゆる物質、現象が人格を持ったもののことをいう。サモン・フェアリーはその一種で、「移動」の現象を拡大したものが人格化したものだ』
「あーとりあえず今の説明で分かったのはお前が説明ベタってことぐらい……痛っ! だから人を引っかくな!」
『ふん。今の説明で分からないのは貴様がバカなせいだろう』
「あーもういいよそれで。で、お前は一体何してんの」
 先ほどの説明の補足をあきらめ、次の質問に移る。
『……なぜそこまで貴様に言わなけらばならない』
「気になるからだよ。昨日も今日もあの箱を、ってかサモン・フェアリー? を追うお前見てるからな」
『それは貴様があれの近くをちょろちょろしているからだ。というか貴様はどうやって【ボックス】を探知しているんだ』
 今度は獣が彰人に質問する。
「探知ってたまたま視界に入っただけだよ。二回目はなんか俺の部屋にあったし」
『……本当に偶然か?』
「偶然だよ。ってか最初からそう言ってるだろ」
『……』
 彰人がそういうと獣は黙りこくってしまった。
「なんだよ。偶然会うってのはあり得ないか?」
『あぁ。あり得ない』
 軽く言ったら真面目に返され少し驚く。
「なんでそんな断言できんだよ」
『これがただの箱ならそういうこともありえるだろう。だが、これはそうじゃない。魔道具だ。普通の人間じゃ存在の認識さえできない』
「……つまり?」
『普通の人間じゃ目の前にあっても気づくことさえ出来ない代物だってことだ! 魔道師でも探査用魔術を使用して始めて場所を特定できる。たまたまで何度も遭遇できるもんじゃないんだ』
「……えっと、とりあえず俺は普通じゃないと?」
『あぁ』
 衝撃的だ。こんなところでしゃべる獣に普通じゃない宣告をされてしまった。
「で、俺はなに。自動箱探査人間かなんか?」
『箱……。微妙に違う。魔道具はもともと精霊の力でできてるものだから、どちらかといえば精霊探査人間だな。まあ本人に自覚がない上、必要性もないんじゃ意味ないがな』

 その言葉を聞いて彰人はふと考える。
「ふーん。で、お前はサモン・フェアリー探してるんだよな?」
『……そうだ』
 できれば言いたくないという顔で獣は言う。いや、獣の表情なんて分からないが。
「で、そいつはお前もなんたら魔術使わねえと見つけられえんだよな?」
『……そうだ』
 少し呆れたような声で獣は答える。
「じゃあさ。俺が協力したお前楽なんじゃないか?」
『……そうだ。って、はっ!?』
「いやだからさ。俺が協力すればもっと早くサモン・フェアリー見つかるんじゃねえの?」 
 間違ってはないだろうと彰人は言う。
『お前が俺に協力する理由はないだろう』
「ある」
 獣の言葉に彰人ははっきりと答える。
『貴様はこちら側の人間じゃないだろう。どんな理由があるんだ』
「そりゃ、お前言っただろ。必要性のない力なら意味ないって。でも、確かに俺には必要じゃねえけど、お前には必要なんだから意味あるんじゃないのか?」
 彰人はそう畳み掛ける。
『……貴様、ただのバカだろ』
「何回俺にバカって言えば気が済むんだよ」
『何回も、だ』
 そう言うと獣は箱から降りる。
『いいだろう。だが、決して勝手なことはするなよ』
「態度デカいなお前。じゃ、よろしくってことで」
 そう言って彰人はひょいっと獣をつまみあげる。
『こら、何をする』
「家帰るんだよ。どうせ探すのは明日からだろ」
『だからってこの持ち方はよせ!』
「そーいやお前って飯なに食うの?」
『話を聞け!!』



⇒To Be Continued...

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