氷雪と宵闇―The unlimited Breakers prologue(後)
作者: 清嵐青梨   2009年03月29日(日) 19時18分31秒公開   ID:L6pfEASBmTs
死神の霊圧が行き成り上昇したかと思いきや、言い放った言葉が隠された能力を引き出す引き金であるかの様に、斬魄刀が黄色い光から血のように紅い光を放ち死神の周りを紅が入り混じった白い煙に拠って己を覆い隠した。




死神が隠していた真の能力が姿を現そうとしている…。英雄はその様子を凝乎と見て死神が現れてくるのを待つ。隙を見て狙い打つのではない、どんな姿なのか確認してから真正面から狙い打つのだ。只その機会を只管待っているのだ。と、英雄は先ほど死神が言い放った言葉をふと思い出した。


誰かのために護ること―― それが死神が隠された能力を身に付ける理由なのだろう。彼に向けられた宵闇の瞳に“死を恐れる”という意思がなかった。その意思がないならばそれが己が決意した真意なのかもしれない。

そう思っていた時、死神を覆っていた煙が晴れてきた。そろそろ彼の姿が見えてくる頃合だろう、英雄は握り締めていた乖離剣を持ち直す。煙の中で死神が持っている斬魄刀が見えたからだ、然し斬魄刀は一本だけではなく、両手には似たような刀を握り締めている。




紅い刀身を持った二つの斬魄刀だった、鍔は片方しかなくどうやら二本を繋ぎ合わせて一本の刀になる仕組みになっているようだった。

着物の両袖が隠された能力を解放した衝動の時に吹き飛んだのか、肩まで両袖が吹き飛んでおり彼の細い腕が露わになる。

彼は再び握り締めている二つの斬魄刀を一瞥し、ぎゅっと握り締めると死神特有の歩術・瞬歩で英雄の距離を縮め、左側から相手に切りかかる。


チッと舌打ちし乖離剣で左側を受け止めると王の財宝ゲート・オブ・バビロンから一本の剣を取り出し空いている右側に向けて刃を振り下ろす。それに気付いた死神は右側を斬魄刀で受け止めると、剣を向こうへ弾き返す。更に乖離剣を薙ぎ払う様に返すと足払いを仕掛ける。

それにまんまと引っ掛かり均衡を崩され床に倒されると左手に握り締めている刀で英雄に切りかかるが、突如飛び出してきた一本の剣により剣撃を受け止められる。その隙を狙い怪我している腹に目掛け足蹴を食らわす。


その攻撃をまともに食らってしまった死神はグッ…と迸る痛みに耐え、その隙に死神との距離を少しばかり離れて取った英雄を横目で見る。抜かったわ…死神は内心毒づいてペッと血を吐き捨てると二刀の鍔を合わせ“一本”の刀にすると怪我している己の身体を気にせず、凝乎と英雄を見る。




「―― それが、貴様が持つ本当の能力か」

「嗚呼……あんたが言った隠された能力を卍解と呼んで、俺の卍解・紅牙雷神丸は二体一対の斬魄刀だ。他の死神と同じ特殊な分類に入るのだけれど、俺はこの卍解を心底気に入っているんだ」

「気に入っている…?…嫌いではないのか、その紅く小さな刀を」

「紅くて小っぽけな刀でも俺は気に入っているんだ……この能力で大切なものを護れるから」




死神はそう言って二体一対の斬魄刀を構え持つと、あんたを倒す為にこの刀に俺の全てを賭ける…と言って彼は紅い刀に己の霊力を注ぎ込む。すると彼の刀の刀身が紅く光りだしバチバチと静電気を鳴らし始める。

始解と同じく卍解状態の刀から同じ雷撃を放つのか…否、始解状態の刀では最初に出してきた雷撃は普通の雷撃だった。然し卍解状態の刀では始解状態の刀と全く威力も違うし放とうとする雷撃は綺麗に紅い輝きを放っている。


ようやく彼の“本気”が見られるのか…英雄は思わずふっと笑みを零すと乖離剣を持ち直して刀身を激しく回転させ紅い霊撃の塊を作り上げる。
それを見た死神は再び来る攻撃を見て、流石に二度食らってしまったら死んじゃうかなぁ…俺。と弱音を吐く。多分英雄に聞こえないように言ったのだろう、然しその言葉は彼の耳に届き、何弱音を吐いている…死神の分際で情けないぞと死神を叱咤する。




「貴様も男なら正々堂々と掛かって来い、たわけが」

「たわけ、か……はは……そういや初めて出会った時もそう言ってたなあんた確か。死神の分際で腰抜かすなんて情けないぞ、たわけめって」
「…さぁな、我は自分自身の発言には正確に覚えておらんからな」

「そうですか…じゃあ俺があんたを倒したらその言葉、無理矢理でも思い出させてやる」「出来るものならやってみろ、死神」




英雄がそう言った言葉を聞いた死神は、じゃあやってみますよと言いふっと余裕の笑みを浮かべた。然しその笑みが消えてしまいそうな弱々しい笑みでしか見えなかった。多分死神でも分かっているのかもしれない、若しこの一撃で決まらなかったら最後、彼は力尽きてしまうかもしれないと。

けどこの一撃を決める決めないは自分の運ではなく自分の運命が決めることだということを彼も英雄も理解っているのだ。全ての勝敗はこの運命という賭け次第で決まるのだということも。死神はそれを理解ってまで限界に達しようとする身体を必死で支えているのだ。
誰かを護りたいという意思が彼の身体を支えている限り、彼は倒れることはないと――。


死神がギュッと紅く輝き出している斬魄刀を握り締めるとその刀を思い切り一振りさせる。それを見計らい、英雄は彼に向けて紅い霊撃を放つと同時に死神の斬魄刀から狼の爪の様な鋭い二本の赤い雷撃が放たれた。




めのそう狼業火ろうごうか!!」

天地乖離す開闢の星エヌマ・エリシュ!!」




赤い雷撃と紅い霊撃が一斉に放たれた瞬間、霊撃と雷撃が二人の間にぶつかり合った。今の戦況ではほぼ互角と見えるが、また紅い霊撃の威力が上がったら最後この戦いの勝敗が決まる。

却説その瞬間が刻一刻と迫っている中、彼奴は如何いう選択に出る…。英雄は死神の様子を窺ってみる、今のところはあまり様子は変わらないのだがきっとこの勝敗が決まった途端、彼奴の限界が来るだろう。
その時は苦しみに耐え抜いているその苦痛の気持ちを二度と感じはさせぬよう優しく葬ってあげるほうがいいかもしれない。




その時だった。死神はギュッと斬魄刀を強く握り締めるなり再び腕を上げて構えると、再び刃に己の霊力を注ぎ始めた。

真逆最期まで霊力を残らず使い切るつもりなのか…。然し紅い輝きを放っているのは一本の刃だけでもう一本の刃には黄色い輝きを放っていた。紅と黄の光が丸で絡み合っているのかの様に見えた時、紅い霊撃の威力が増し二本の雷撃を掻き消そうとした。


その瞬間を狙ったのか、彼はス…と目を閉じ意識を集中し始め再び目を開く。




「継ぎの爪…紅蓮焔火ぐれんえんか




ぽつりと死神が呟いた時紅く、紅い輝きと黄色い輝きを放つそれぞれの雷撃を刃を一振りさせ二つの雷撃を一斉に放った。放たれた二つの雷撃が綺麗に絡み合い“一つ”の雷撃となって雷撃を完膚なきまでに掻き消した紅い霊撃と衝突した。

途端、衝突したその場が行き成り爆発した。強い霊力同士がぶつかり合ったせいか、それとも力の差がどちらとも上を回っていたのか、どちらにせよ威力も二人の技の方が明らかに互角だった。

でも一瞬だけ紅い霊撃とぶつかり合っていた紅と黄の雷撃の断片が衝撃を通り抜け威力を落とさないまま英雄の左腕を貫いたのだ、貫かれた腕からは血が溢れ出ていたが痛みは感じなかった。英雄は貫かれた傷とほんの少しだけ壊れた鎧を修復しないままぼぅ…と立っている死神を見詰めた。


斬魄刀を握り締めていた筈の左腕が力なく垂れていた。鬼道を使った腕が遂にいかれてしまったのだろう、死神はいかれた左腕を使おうとはしなかった。

その代わり彼の身体がゆらり、と前のめりになって揺れた。彼は斬魄刀を床に突き立て刀に縋りつく様に今にも倒れそうな身体を支える。其処で英雄は彼の身体の異変にようやく気がついたのだ。彼の身体は二撃目の雷撃を放った瞬間からではなく、卍解時になってから既に限界を超えていたのだと。




はぁはぁと辛い息遣いをする死神は片膝をついた足を再び立ち上がらせようと重たい身体を持ち上げようとするが、襤褸襤褸に傷ついた身体は言うことを聞かず只々その場に片膝をついたまま動こうとはしない。
それでも無理矢理立ち上がらせようと片膝を上げ緩慢とその身体を起こす。やっとのことで立ち上がった身体に一歩前を踏み出そうとした途端、ぐらりと身体が大きく揺れ前のめりに倒れようとしていた。

英雄は死神に駆け寄り怪我した左腕で彼を抱きとめる。まだ辛い息遣いをする彼は、なんで…?と顔を上げず英雄に問いかける。




「なんで俺を…」

「貴様言ったではないか、我を倒したらその言葉、無理矢理でも思い出させてやると」

「……思い出したのか…?」

「否、残念乍ら思い出すことは出来なかったが……逆に見ていられなかったわ。貴様がこんなにも己の身体が襤褸襤褸になるまで我を倒そうとする姿にな」
「耐え切れなかった?…英雄王であるあんたが慈悲を請うなんて珍しいな…」
「………只、これだけは納得したことがある」




英雄はそう言って乖離剣を持ったまま死神の小さな身体を酷くさせないよう、そっと優しく抱くとふと英雄の脳裏に初めてこの小さな死神に会った過去を思い出す。



















――初めて出会った彼の目には大粒の涙が溢れ出していた。然し彼は己が泣いているという事に気付いていなかった。

――溢れ出てくる透明な雫を拭い取り乍ら彼は無理矢理笑顔を作り出して、なんで泣いてるんだろ…俺。と言って止まることのない涙を止めようとしていた。


















――あれから数日経った時彼と同類の死神は言った、主は親友を亡くした日からずっと人前で泣くことはなかったと。

――即座に違うと思った。何故そうなのかは理解らなかったが明らかに彼の表情には確かに悲しい表情をしていた。なのに当の本人は自分が泣いているということを拒否した。


















――彼にはちゃんと“哀”の感情があるのだ。だけど、彼は“哀”の感情を現している筈なのに自身が泣いているということに気付いていなかった。

――何故彼は自身が泣いているということに気付いていなかったのか。その理由は理解った気がした。片方の紅い瞳を持った死神が言った通り、たった一人の親友を亡くした日から彼はずっと……。



































「貴様は…認識しなくなったんだな。たった一人の親友を亡くした日からずっと…己が泣いているということに気付かなかったのではない、泣いているという認識を放棄したのだな…」

「………俺は、」

「誰かのために護ることが出来るならば、自分の命なら仮令化け物でも喜んで呉れてやる…。そんな言葉は生きることに疲れた雑種が言う言葉だ。貴様はまだ生きることに疲れていないではないか。それとも、この戦いを通じて生きることに疲れたとは言わないだろうな」

「疲れたなんて言ってない…只俺は……彼奴に悲しいところを見せたくはなかったから、」
「たわけ。悲しい部分を見せたくはないからと言ってそれを隠して如何する。隠していたって最期は辛くなってしまうだけだ」




英雄は死神に向けて彼が泣いているということに気付いていない理由の結末を訥々と語るように言ったのだが、彼はその言葉を聞いてふるふると首を左右に振る。泣いているという認識を放棄したという結末を認めたくはないようだ。

更に彼に言葉をかけようとした途端、金色の鎧の上から透明な雫が一滴落ちてきてツ…と伝っていった。その雫は明らかに自分のものではないと気付いたのは顔を俯いていた死神の瞳からきらりと光る何かが溢れ出ていたからだ。溢れ出ているそれが何なのか理解った時、死神は違う…と英雄の言葉を否定していかれてしまった左腕を掴んで言った。



























「…俺は……泣いてなんかいない。あの日からずっと…泣いてなんかいない」


「――ではなんで…泣かないと決めた貴様が我の腕の中で泣いているのだ…?」




放たれた英雄の台詞に、え…と死神が顔を上げて彼の顔を見る。ようやく顔を上げた死神に英雄の紅い瞳には宵闇の瞳から透明な雫を流している死神の表情が映っていた。宵闇の瞳には“哀”の感情が篭っているのだが表情には“哀”の感情がなかった。

これが“哀”の感情を認識していない表情か…。英雄は宵闇の瞳にそっと指を差し出し溢れ出てくる涙を拭い取る。




「何も認識しないとは言わない、只己が泣いているという自覚を持っていれば良い。そうしたら己が泣いているということがちゃんと自覚されるからな」

「……高嶺を殺そうとした奴からそんな言葉を言われるとは思わなかったよ…。正直驚いた」
「否…今のうちに貴様を葬ってその間にアサシンのマスターを殺しに行っても構わんのだぞ」




ふっと死神に向けて笑みを向けると、その笑みに応えるかの様に彼はまた消え入りそうな笑みを英雄に向けるといや、暫くはこのままでいさせてほしいかなと言った。




「誰かさんのせいで沢山霊力使い切っちまったから凄く眠くて……」




そう言うなり彼は宵闇の瞳を閉じて身体を英雄の胸に預けると涙で濡れたままの頬を拭かず、すぅすぅと辛い息遣いとは違って小さな寝息をたてた。その寝顔を見た英雄はそっと瞳と同じ漆黒の髪を優しく撫でる。

こんな小さな身体で高嶺優や他の敵と戦ってきたのか…。襤褸襤褸になり乍らも、己が生命に誓って護りたい大切な人の為に幾たびの戦場の中で様々な敵と戦い、傷つき、傷つけ乍らもたった一人の生命の護りたいが為に此処まで行き続けてきたのだと。




人間の生命は時間が経てば経つほど年老いていきやがて地に還っていくが、死神は生きる時間が長く何十年もの時間を少しずつ年を重ね

ていき一寸ずつ老いていくのだということを先ほどの紅い瞳の死神に聞いた覚えがある。

人間もサーヴァントも死神も、結局生きる道も死んでいく道も同じだけれども歩んでいく道はそれぞれ違うのだと――。仮令いつかは人間もサーヴァントも死神も、どちらかが味方に入り敵に入ってそれぞれ生きるべき道の為に戦うのだと――。




「――我は、貴様と共に戦いたい。雪村」




己の中にいるもう一人の自分を狙っている殺人者が生命を奪おうとしている現在いま、我は貴様を護っていけることが出来るのだろうか…。逆に貴様は大切な人を護っていけることが出来るのだろうか…。

出来る可能性でも出来ない可能性でも良い…。只、彼の生命が絶えることなく護ってやれることが出来るのならば、我は――。




その時、階段の最上階から人の気配を感じ顔を上げると最上階には高嶺優が息を切らし乍ら今は癒された傷を抑えたまま、雪村は…?と死神の名を呟く。

エヌマ・エリシュと紅蓮焔火の霊圧に気付いて急いで此方へ向かってきたのだろう、額からは汗が噴き出していた。そうとは気付かず彼は階段を下り乍ら、如何なんだ?生きているのか?と英雄に向けて死神の安否を聞いてきた。




「寝ているだけだ、安心しろ」
「そうか…良かった。生きていて――あのさ、ギル」
「貴様……気安くこの我を、」

此奴こいつに何か遭った時は…俺やランサー、それに冬獅郎君の代わりに此奴を護って呉れないか?」




彼は英雄の顔を見て真面目な顔でそう言うなり、此奴は…何かと無茶ばかりする奴だと聞いたからさ。心配でならないよと言い静かな寝息をたてている死神の黒い髪をそっと撫で始める。

誰かの代わりに無茶ばかりする死神を護って呉れ、か――。英雄はふっと笑みを浮かべると、たわけが。我を何だと思っていると言って死神の身体をそっと抱き上げ立ち上がると彼を見下ろす。




「英雄王ギルガメッシュの前で護って呉れないかはない。護ってください英雄王様と頭を垂らして平伏して頼め雑種!」

「…まだどっかの猛犬の所有権の方がマシかもしれねえな…」
「何か言ったか雑種。早々と死神の手当てを先にするぞ」
「あれ?英雄王様の傷は後でも良いのですかー?」「我より此奴の方が先決だ。早々とするぞ雑種」




英雄はそう言って彼に背を向けると階段を一段ずつ上り始める。と、腕の中で安らかな眠りについている死神が消えてなくならない、とても優しい笑みを浮かんでそっと彼の手に触れる。

年齢が上でも仕草や行動はまだ子供だな…。英雄はそう思い彼の手に触れた死神の手をそっと握り返すと彼を休ませてあげる場所を探しに屋敷内を歩き出した。
■作者からのメッセージ
後書きです。少しばかりお久しぶりです清嵐です。
4月のエイプリルフールネタとして書いた小説ですけども、一足先に此処で載せることにしました。なんというか…ブリーチキャラ、名前だけで出てきませんでしたね。そして最後に突っ込むことがあるといえばギル様じゃない!(極めつけ
それでは。

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