BLADE OF SWORD 第十九夜
作者: 清嵐青梨   2009年05月25日(月) 01時41分44秒公開   ID:L6pfEASBmTs
アサシンと稽古を始めてから何時間経ったのだろうか、一日という時間があっという間に過ぎて行って気付いた時には既に日が暮れていたというパターンが当たり前の日常に入っていた。
本当に一日という時間は呆気ないな…そう思い乍ら俺は何故か夜の学校へ忍び込んでいた。今日学校を休んでしまったから凛に今日の授業の内容を俺の代わりに書いて机の中に入れて呉れないかとメールを稽古を始める前予め送ったのだ。

そして稽古が終わった夕方近くに凛から本日分の授業の内容が書いたノートを机の中に入れたからというメールが返ってきたので早速夜の学校へ忍び込んだわけなのだが……。




「なんでアサシンまで来るんだよ、山門の警備は良いのかよ」

「キャスターとユウの二重結界が施されてあるからサーヴァントの侵入は大抵防げることが出来るとキャスターが言っておったのでな」




だから安心してユウの元に居られることが出来る、と校内に忍び込んで自分の教室に入って机の中に入ってあったノートを探している最中、アサシンが教室のドアに寄りかかってサーヴァントの気配がないか警戒し乍ら言った。
確かにメディアの結界の他に俺が張った結界もあり、二重結界という強力な防御が出来上がっている。ライダーでは流石に結界を強行突破されてしまったがかなり魔力が消費しているに違いない。

次会った時は弱っているところを見計らって倒すしかない、俺はそう思いノートを鞄の中に仕舞いこみ立ち上がり、そろそろ帰るぞーっとアサシンに向けて声をかけたが彼からの返事が何故か返ってこない。

如何したんだと不審に思った俺は教室のドアを見ると、アサシンは黙って廊下を注視していた。俺が彼に近寄って声をかけようとしたがシッと言葉を遮ってはまた黙って廊下を睨むように見据える。一体廊下に何かいるのか…俺はその視線につられ廊下を見る。


薄暗くなった廊下の向こうに人影が二人階段を上りきって近くに目をつけた教室へ入っていく。今の時間では業務員が見回りに来る時間帯なのだが明らかに違う人物だと思った。

今俺たちとは違う教室に入って行った隙に早く此処から出なければいけない…そう思いそっとドアを少し開け顔をだし左右を見回して他に誰も居ないか確認すると、バレないうちに行くぞ、とアサシンに向けて言った。聞いた彼はきょとんとした表情で、おや…相手の行動を伺っては来ないのか、と逆に聞き返してきた。確かに気になることは気になるんだが今はそれどころじゃない。




「此処は学校だぞ、此処で戦闘なんか始まったら大事になっちまう」

「確かに私たちの他に誰か人が居て戦闘の場を見たら流石にバレてしまうか」
「バレるというか警察に報道されちまうな、そうならないうちに逃げて」

「逃げて如何するんっていうんだい、高嶺」




と、聞き覚えのある声が教室からではなく廊下から俺を見て尋ねてきた。何時の間に用を済まして出てきたんだ…。否、その前に他人の話をこっそり盗み聞きするのは流石に許すことは出来ないな…。

何時盗み聞きなんかしたんだよ、と俺はアサシンの手を掴んでガラッとドアを開けて廊下に出るなり凝乎と廊下の向こうにいる二人の人影に向けて言葉を突き放すと、盗み聞きなんてとんでもない…たまたま高嶺の大きな声が耳に届いたんでね、気になって出てきたんだよ、と満更でもない返答を返す。


明らかに嘘を吐いているようにしか思えない。多分用件を早めに済まして気配を消し廊下に出て話を盗み聞きしたのかもしれない。
俺はそっとアサシンの手を離し睨むように目の前にいる一人の男を見据える。




「…で、学校に何の用で来たんだよ。間桐」

「そっちこそ、学校に何の用で来たんだよ。高嶺」




と、人影の一人――間桐慎二がふっと不敵な笑みを浮かびハッ、矢っ張りお互い用があったんじゃないかと嘲笑うかの様に短く吐き捨てると横にいるサーヴァント――紫色の眼帯を付けているから慎二のサーヴァントはライダーか――に、丁度良い…高嶺のサーヴァントの相手をしてやれ、と命令をする。

どうやら慎二は俺のサーヴァントのクラスをセイバーだと勘違いしているらしい。でも刀を背負っているからそりゃクラスはセイバーだと勘違いするのも当たり前かもしれない、実際に俺だって間違えてしまったしな。
勝手な雑談は置いといて何しろ相手は慎二で使役しているサーヴァントはライダーだ。目の前にいる獲物に相当殺る気満々である。これはかなり危険なのかもしれない。


ちらりとアサシンを見ると彼も俺を見て、此方から先制を取った方が良いかもしれん、と言った。確かにライダーの武器は鎖のついたダガーを持っている、そのダガーを投げる前に前に出て相手から一本取った方が手短く戦闘を終わらせることが出来る。
その方法で行くしかないか…ライダーがジャラ…と鎖のついたダガーを構え持つと同時にアサシンがそっと背中にある刀の柄に触れ相手の隙を見て抜刀しようと構えた途端、




ライダーがアサシンではなくマスターである慎二に足払いを仕掛けてリノリウムの廊下に倒して右腕を掴み後ろへ回し身動きが取れない状態にすると手に持っているダガーの切っ先を彼の首筋へ突きつけた。

サーヴァントがマスターに反抗するという行動は聖杯を手に入れる手段ならば有り得る光景なのだが真逆慎二に対してこんな行動をとるライダーは初めて見た。彼女はダガーを突きつけたまま顔をあげると、このマスターに手助けしないんですね、貴方は、と俺に向けて聞いてきた。


俺は彼女が聞いてきた台詞に直ぐ気付かずハッと我に返るも返す返事が思い浮かばない。言葉に詰まっていたところを、何故自分のマスターに手をかける、と代わりにアサシンが刀に触れていた手を下ろす。




「今倒している男はお前のマスターであろう、ライダー。………否、仮マスターであろう?」
「……仮、マスター…?」

「矢張り一目で分かりましたか…ま、無理もないでしょう。この男の腕には令呪はありませんしね」




そう言ってライダーは手に持っているダガーを離し、慎二がさっきから隠し持っている何かを奪うとそれを俺に向けて投げる。行き成り投げ渡されてきたものを慌てて掴み取って、それを見る。

ライダーが投げてきたそれは一冊の偽臣の書だった。書の表紙にはライダーの令呪と思われる紋章が刻み込まれている。
本音を漏らすと偽臣の書をこの目で、この手で見るのも手に取るのも初めてなのだが、こうして令呪を発動していない時を除き変哲もない只の本だった。


然し何故慎二がこの本を持っているのだろう、彼が仮マスターなのならば誰がライダーのマスターなのだろうか。その時ふと脳裏に過ぎった一人の女の子を思い出すと同時に脳裏に過ぎった彼女と慎二の家系は既に絶えてしまった魔術の家系・“マキリ”の一族だということを思い出す。
俺はギュッと手に持っている偽臣の書を強く握り、再び彼女を見ると脳裏に過ぎった彼女の名を口にする。




「ライダー…お前の本当のマスターは…間桐桜なのか?」

「………えぇ、確かにサクラは私の本当のマスターです」

「…ライダー、何故桜という女がお前の本当のマスターならば何故彼女は聖杯戦争に直接戦わない。その代わりに何故其処に伏している男がお前の仮マスターになった、」
「アサシン、その解答に移る前に…ライダーに一つだけ聞きたいことがあるんだ」




本当に一つだけだから…俺は隣にいる自分のサーヴァントに向けて縋るような思いで俺にライダーに対する質問の許可を乞う。


確かに桜が何故マスターになったのかという理由は俺だって聞きたいが多分彼女がマスターになった理由…それは多分ライダーに自分を護って欲しいという願いかもしれないが多分それだけじゃない筈だと俺は自身の思案を少し否定する。

それなのに何故彼女は代わりに滑稽で卑劣な義兄に自分のサーヴァントと仮契約し仮マスターにしたのか…自分はこの聖杯戦争の中で戦いたくはない、彼女の片思いである士郎と戦いたくはない――。
それだけではない、と俺はまた自身の思案を少しだけ否定する。彼女は必ずしも聖杯を手に入れたい願いをだ、その願いとは何なのか知らなければならない。




だけど知って如何する…?彼女の手助けをする?彼女を楽に死なせてあげる?後者だけは絶対にしたくはない、未だ希望がある彼女を殺す理由なんかない。出来れば彼女を…“マキリ”の人間ではない間桐桜をたすけたい。
その為には…彼女の、間桐としての桜が聖杯にかける願いを聞きたい…。と、其処まで思案していた俺は此処である点に気付き、思わずアサシンに見られないよう顔半分を手で覆い、ふっと消え入りそうな笑みを浮かべる。

ずっと疑問に思っていた桜の願い―― それは片思いである士郎と一緒に幸せになりたいということ…。それが彼女の願いなんだと俺はそう思った。そうなれば彼女はこの聖杯戦争に参加しないわけないだろう。
全く…初対面の時からそうだった、自分に素直だけど如何しても恥ずかしくて言えないことを隠してしまうこと…何時になったら俺に打ち明けて呉れるんだろうな。


アサシンは消え入りそうなその笑みを見て、サーヴァントにマスターの質問の拒否権は持っておらんぞ、と言った。その言葉は間違いなく質問に答えても良いという意味と見た。
俺は顔半分を覆った手を下ろし、三度ライダーを見る。




「なぁ…ライダーは桜を幸せにしてあげたいのか…?」

「………はい、確かに貴方の言うとおり私はサクラを幸せにしてあげたい…そして、彼女の運命を変えたいのです」
「……桜の運命って?彼女を其処まで変えたい運命っていうのがあるのか」

「あります、彼女は数年前ある宿命を背負っている…私は彼女を苦しめている宿命を解き放ってあげたいんです。その為には…彼女の祖父を倒す」
「桜の祖父……間桐臓硯か、だけどなんで祖父を倒さなきゃいけない」
「サクラの運命を握っている者だからです。貴方は知らないのですが私は知っているんです…彼女がこれまで数多く侵されてきた蟲による陵辱がどれほど酷いものかを」
「……“蟲”…?蟲ってなんだよ」

「おいライダーッ!お前、それ以上この男に話しても良いのか!?」




只じゃ済まされないぞ!!と廊下に伏せていた慎二が桜の過去を聞いた途端行き成り興奮し始め彼女の手から離れようと抵抗し始める。
もがいている男に向けてライダーはじゃり…と再びダガーを持って彼の首筋に切っ先を当てる。首筋から小さな痛みを発したことにより慎二は其処で黙りこくる。

慎二でさえ俺の前では絶対に話したくはない桜の過去…。先ほどライダーが“蟲”による陵辱だと言っていたのだが、真逆彼女は数年間もその蟲に何度も身体を犯され続けてきたというのか…。そう考えただけで俺の胸のうちが熱くなる。
そして直ぐにこの胸の熱さに気付いた、これは怒っている感情だ…健気で優しい彼女の身体を何度も犯し続けた“マキリ”の一族に怒りを感じているのだ、と。


真逆其処までして俺は“マキリ”の一族に対して嫌悪な印象を持ってたんだなと思い、改めて俺はこの後の展開…というより伏せている義兄に下す罰を如何するか考えていた。
無論、これはメディアと同じく“賭け”だ。この“賭け”を口にした時ライダーは如何なる決断を取るのかと。桜を救ける為に俺と同盟を組むか……それともこのまま“マキリ”の一族に付いて行くか…。

成功じゃなくても良い…只の失敗してでも構わない…只、一人の女サーヴァントは間桐桜を救いたいのかどうか、彼女の心情を聞きたいだけだ。若し彼女を救いたいのならば俺と同盟を組む運命になるか、然しノーならばこのまま敵同士として対峙し続ける運命になるか…。




俺は固唾を飲んでギュッと空の手を握り締めるとライダーとの“賭け”に挑んだ。




「ライダー…若しお前が桜を救いたいのなら俺も同じ気持ちだ、俺も彼女を救いたいし護ってあげたい…お互い同じ気持ちだ。だったら、」

「ライダーのサーヴァントよ、道は二つだ。ユウと私と共に桜という娘を救けるか、このままその男の元で拝謁するか…」




俺が言葉を最後まで綴る直前、アサシンが俺の言いたいことを見抜いたかのようにライダーに向けて選択肢を託す。俺は驚きの表情を浮かべ彼を見ると彼は俺を見て、これで良かったかなマスターと言った。

俺は彼の言葉に無言で頷き、そしてライダーを見る。彼女は無表情のまま恐怖に怯えている慎二を見て、この男を解放すべきか彼の魔力を喰べるべきか今その決断に悩んでいる。この決断が吉と出れば同盟は成立するが、逆に凶と出れば同盟は成立ならない。本当にこれは一種の“賭け”だ。


薄暗い廊下に長い静寂が続く、空気は冷たくまたその空気は同時に重みを与え身体を押し潰さんかの様に長々と重い空気を継続させる。空気が重く感じてくるのもそうだが同時に身体がひしひしと伝わる、多分重い空気が身体を震撼させているかもしれない。そんなことに気付いているにも関わらず俺は一人の女サーヴァントの決断を待つ。

と、彼女は持っているダガーの切っ先をツ…と慎二の首筋を撫でるかのように伝っていくと彼女はダガーが彼の襟首に差し掛かったところでダガーを止め、じゃり…とダガーを再びリノリウムの廊下に置くと顔をあげる。




「……若しや、貴方たちのところにキャスターがいるんですか?」
「あぁ…裏切りの魔女・メディア、彼女の宝具なら令呪を無効化に出来る」

「……本当に、貴方はサクラを救いたいのですね」
「あぁ…俺は、気持ちは正直じゃないけど…俺は桜が好きだから、だから俺は彼女を救いたいんだ…。こんな理由じゃ駄目かな?」

「いいえ、充分です。貴方がサクラを救いたいという気持ち…私にも伝わりました」




そう言って彼女は俺に、少しだけ目を逸らしてくださいと言った。その言葉は何の意味なのか理解した途端、俺は目を逸らしたと同時にライダーが慎二の髪と肩を掴んで首筋に自らの牙を向けようとする光景が視界の隅によって捉えた。

その時、さっきまでひしひしと身体を震撼させていた重い静寂な空気に低い断末魔の叫び声が響き渡る。その声が耳に届いた時俺は耳を抑えたい目を閉じたいという恐怖が駆り立ててきた。サーヴァントが仮マスターの男の魔力と命を喰らっている狡猾な光景を見たくはないのだ、そう思った時目からツ…と一粒の涙が一筋流れ落ちる。


本当に辛いのだ、この状況の中で自分が居ることが辛いから……。その涙の跡を拭おうとする前にアサシンが無言で目尻に溜まっている涙を拭き取る。
一瞬だけ触れてきた彼の指に顔をあげようとしたがそれ以前にライダーがそっと慎二の……否、男の身体から離れダガーを持って立ち上がる。

その様子からしてもう“喰べ終わった”のだろう、俺は手早く涙の跡を拭い取り彼女を見る。




「……本当に、良かったのか?仮マスターを手にかけて」

「これで…良いんです。これが私の決断ですから、それに仮マスターなら既に見つけましたから」




そう言って彼女は眼帯をつけたまま俺を見る、真逆彼女が言っている代わりの仮マスターというのは……若しや、俺では?
そう思った時ずっと黙っていたアサシンが、ユウ…その書を此方に、と俺が持っているライダーの令呪が刻まれた偽臣の書を引き渡すよう要求してきた。

俺はそれに従い、偽臣の書をアサシンに引き渡すと彼はその書を不思議に見回し乍ら、これが仮マスターの仮令呪というものか…と言った。
真逆とは思うのだが……俺はちらりとアサシンを見て即座に想像したことを口にする。




「真逆…お前がライダーの仮マスターになる気か?」

「ユウに三人もサーヴァントを使役するには少々荷が重たすぎる、ユウがランサーならば私はライダーを従わせる…それで宜しいかな?」

「えぇ…それなら多少の問題はないです。その前に私は屋上に用がありますのでお二人は先に柳洞寺へ」




そう言って彼女は直ぐに俺たちの視界から姿を消した、さっき彼女が言った屋上へ向かったに違いない。然し何で屋上なんだ…あそこに何か仕掛けでも仕込んでいたのか…。

俺はそう思ったのだが、ちらりと腕時計の時刻を見るともう既に時刻は0時になる直前だった。やべっ…俺は小さく呟き階段に向かって走る際、早く柳洞寺に戻るぞアサシン!と彼に向けてそう言うと彼はふぅ…と小さく息を吐いて、焦ったらまた怪我するぞ、と言った。

その台詞に、え?と返した時誤って段差を踏み外してしまい階段から転がり落ちそうになった。慌てて誰かに縋ろうとした時アサシンがぐいっと俺の腕を掴んでは此方へ引っ張って怪我から回避する。
ほら…言った通りではないか、とアサシンが呆れたように言うと俺の腕を離して先に階段を下りる。段々遠ざかっていく群青の侍士の背中を見て、置いて行くな!と短く言い彼の後について行った。
■作者からのメッセージ
※この文を書く以前少し体調を崩してしまいました。今は完全に大丈夫ですが、また再発にならなければいいなー…。

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