そこで見つける 夢語り
作者: 浅穹   2010年08月01日(日) 17時01分54秒公開   ID:/IVqKFr4zlI
 悲しいことに、僕は生れてこのかた、外に遊びに出たことが一度もなかった。
 父は、病弱に生まれた僕を部屋に閉じ込め、療養と言って、部屋の外には決して出してくれない。母も、病弱な僕に過保護なまでに愛情を注いでいた。七つ上の兄は、両親の関心が僕にある事を疎んだのが、眼を合わすことも無く、すれ違っても挨拶も無く、殺伐とした兄弟だった。
 転機が訪れたのは、小学六年生になった時だった。
 両親の海外転勤が決まり、父と母、兄はアメリカに行くことになった。僕も連れて行きたいと父と母は、主治医に話していたが、僕は行きたくなかった。どうせ行ったところで、僕は外に出れないのだから、出来れば生まれた場所、この町にいたかった。主治医は、僕の体が持たないだろうと二人に話していた。二人は、涙を流しながら何とか、と言っていたが、主治医は頑なに首を振らなかった。それは、僕のためでもあった。主治医の先生は、僕と同い年の息子がいて、病弱ではないが、その子も障害を持っていた。そのため、彼と僕とは友達同士だった。主治医は僕が行きたくないのも分かっているので、両親を止めてくれていた。
 結局、三人でアメリカに行った彼らは、僕を主治医の先生の家に預けて行った。





 夕暮れ時の教室で、親友から見せられたノート。「この問題は、どう解くんだ」と書かれている。彼は、僕の親友で主治医の先生の一人息子でもある、創(はじめ)だった。彼は、生まれたときから言葉が無かった。言葉は聞こえているらしいが、彼は、話すということを知らなかった。彼の言葉は、彼の持っているノートがすべてだった。
「これは、こう解けば、答えが出るだろう」
 彼のノートをッ見て言えば、無表情な創は嬉しそうに笑った。
 話すこともできない創は、周りに人がいることを嫌った。なので、僕以外に、彼のそばに人がいることはほとんど見たことが無い。
「時生、いいやつ」
 ノートを見た僕は、思わず苦笑した。
 いいやつと言われることが、くすぐったかった。
「今日は、先生に診てもらう日だったな」
 書かれた言葉に、時生の表情は暗くなる。
 最近、大きな病院での診察を受けている時生はあまりい顔をしなかった。それは、良い診断結果が得られていないからだった。
「また、怒られるのかなぁ」
 前回行った時、学校に通うことも休めといわれるほどの状態だった。それでも、時生は学校へ通うことをやめようとしなかった。時生にとっては、外の世界、が学校だけだった。
「あら、時生君に創君じゃない」
 病院に行けば、見知った看護師さんたちが、待合室にいた。二人で待っていれば名前を呼ばれ、時生だけが診察室に入っていく。時生が診察を受けている間、創は一人で本を読んでいた。言葉が話せずとも、文字は読めるからだ。
 診察が始まって十五分ごろ、看護師の一人が呼んでいる声が聞こえた創は、顔をあげた。みれば、診察室の方で看護師が手招きをしている。
「先生が呼んでるのよ」
 看護師に案内された診察室には、椅子に座った医者の先生と、顔を青くした時生がいた。
「なにかあった?」
 書いたノートを時生に見せれるが、時生は一切反応しなかった。
 先生が、椅子に促してくれたので、時生の横に、創も座った。
「いいかい、よく聞いてくれ。これは冗談じゃないんだ。時生君、君は、もう長くないんだよ」
 医者の声が診察室に無情に響き渡った。











 時生と創は、暗い顔をしながら帰路についた。
 医者の先生が言うには、あと半年も無いのだそうだ。
 なぜ、そんなに短いのだろう、と創は考えた。まだ、十七年しか生きていないのに。これからは、もっと静かなところで療養し、できるだけ安静にすごさなければいけないと諭されたが、時生と創が住んでいる街は田舎ではないので、人通りも多ければ、車もよく通り、二人が生活している場所が病院なのもあって、安静に療養することはできない、とも言われた。医者の先生は、ある離れ小島の小さな学校を紹介してくれた。病院にいた創の父にも電話を入れた。
 決めるのは、時生自身だ、と言われた。
 創は、時生がしたいようにすればいいと思った。時生がしたいことを、したいだけすればいいと思った。離れ小島は、二人にしてみれば、新しい世界でもあった。
「僕、行ってみようかな」
 時生が呟いた言葉に、創は静かに目を閉じた。彼が、残り少ない命を持って、行きたい場所を決めたのならば、それでいいと思った。話すことが出来ないという、ハンデを背負った創は、さまざまなことを頭の中で考えていた。それはどこか、達観したような、大人びた考え方だった。
「………もし、行ってもいいって言われたら、創も一緒に行かないか?」
 一人になることを覚悟した創にとって、その言葉はものすごく意外なものだった。
「俺は、話せないから力になれない」
 それは、一種のコンプレックスだった。喋れないというハンデは、創を卑屈にさせるには十分だった。しかし、話せなくても時生は一緒にいてくれた。しかし、時生しか一緒にいてくれなかった。離れ小島にいる人々は、どちらだろうか。
 創はそれが怖かった。
「話せるかどうかなんて、些細なことだよ。僕だって、君とすべて会話してるわけじゃないのだから」
 時生は創の手を握り、小さく笑いかけた。
 青い顔をして、震える手でつかんだ創の手は、やはり震えていた。
 お互いの震えが伝わり、お互いが震えていることに気付いた二人は、思わず顔を見合わせて、笑いあった。
「じゃぁ、俺も行ってみたい」
 創が差し出したノートに書かれた言葉。
 時生は嬉しそうに、ノートを覗き込んだ。
「じゃぁ、行こうか」
 二人で歩きだした道は、少し暗い道だった。












 明日に向かって。




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■作者からのメッセージ
すいません、こんな文章で。

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