生徒会Lovers! 第1小節 出会いはまだまだ前奏曲を奏でてから
作者: なぁび  [Home]   2010年01月02日(土) 12時29分39秒公開   ID:/dxzQ0Wmf36
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 日本庭園、ここは「藤の間」というらしい。


 (はあぁ……緊張、する)

 
 今日、ここで二人の男女のお見合いが行われる。
 男女、といっても二人の年齢は14歳と13歳。
 ではなぜそんな年齢でお見合いを――答えは簡単、二人とも家が資産家であり、相手は早々に決めなくてはならないのである。


 「緊張してらっしゃるようですね」


 何度も深呼吸を繰り返す夕人に付き添いの執事が笑いかける。


 「ええ、まあ」
 「少し遅れてくるとおっしゃっていたので、まだ大丈夫ですよ」


 携帯のサブディスプレイを見ると時間は午後2時を少し過ぎたところ。
 遅れてくる、とは言われたもののいつ来ても大丈夫なように落ち着け、落ち着け、と夕人は自分に言い聞かせる。


 「とは言ったものの、実は時間が押してるんですよね……今日は特に予定がなかったと思うんですけど」


 何度も何度も時計を確かめる執事。

 夕人もふすまの方を眺めたり携帯を開いたりそわそわと落ち着かない。
 今か今かと待ち続けていた、その時。


 「……からっ、私は何度も言ったでしょ?!」
 「はいそうですかってわけにはいかないんですよ! お嬢様! こちらも何度も言っているでしょう?」
 「知ったこっちゃないわ!」


 何や廊下の方が騒がしい。どたどたと数人の――先程の会話から考えても一人ということはまずあり得ない――足音が聞こえる。
 しかもその足音はだんだんとこちらに近づいてきているようで。


 がらっ。

 勢いよく夕人がいる部屋のふすまが開いたかと思うと、そこには一人の少女の姿。

 
 「あ、れ……っ?」
 「ついに観念しましたね?!」


 金髪に縦ロール、ヒマワリ色の瞳、長いまつげ――この姿はどこかで見たことがある。
 それは夕人に記憶にも新しい、名前も知っている。


 「えーと、すいません。私ただの通行人なんで、お邪魔しました」
 「……あの、失礼ですけど……中原 奏実さん?」


 去ろうとしていた少女の名前を呼ぶと少女――奏実は慌てて後ろを振り返った。
 その後ろで息も絶え絶えの大量の執事たちが奏実の後ろで立ち止まる。


 「なんで名前知ってるの?!」
 「お嬢様、失礼ですよ」


 目を見開き、奏実は思わず叫んだ。後ろで執事――もはや奏実専属の若柳が注意すると奏実は慌てて口をふさぐ。


 「こちらはあの轍家の御曹司様です」
 「わだちけ? 何それ、お菓子でも作ってるの?」


 真顔で突っ込む奏実に思わず夕人は全身の力が抜けた。
 自分の名前がそんなに有名だと自分では言いたくないが、知らないと人に言われたのはこれが初めて。


 「すみません、無知なものでして……」
 「いえいえ……」

 
 頭を下げる若柳の隣で奏実は夕人に興味津津の様子だ。
 じーっと目を細め、はかま姿の夕人を眺めている。

 改めてこちらも奏実を観察してみると、年齢の割にあどけない顔立ちをしていた。
 顔一つ一つのパーツは大人びているものの、それでもどこかあどけなさが出ている。
 そして何より夕人が驚いたのはその奏実の格好だった。

 きっとお見合いに来たのだろうけども彼女の服装はワイシャツにネクタイ、そしてプリーツスカート――どうみてもどこかの学校の制服だ。


 「あ、の……?」
 「えーと、さっきはすみません。一応名乗っておきますが私は中原 奏実という者です。この先会うことはなさそうだけど」


 お嬢様!
 なんて口を聞くのです……若柳を無視して奏実は続ける。


 「有名なのかもしれないけど私にはそんなこと関係ない。そんな肩書なんて私はいらないもの。ま、これは個人的な意見だから申し訳ないけど」


 初対面でそんな口を聞かれたのは初めてだった。
 夕人は口をポカンと開けたまま目の前の少女を見つめ続ける。


 「そういうことだから。私帰るね」


 くるっと振り返り、奏実はまっすぐふすまへ向かう。
 が、その背中を若柳がしっかりと捕まえ、再び夕人の方へと向き直らせた。


 「ちょ……何、するのよ――」
 「この先会うことはなさそうだけど、と言いましたけど……このお方こそ今回のお嬢様のお見合い相手なのですよ」


 やっぱり写真を見てなかったのですね。
 ため息交じりに若柳が言った。

 
 「こ、の御曹司様が? 私の?」
 「そうです。ですからここへ逃げ込んでくれたのはある意味好都合といいますか……とにかく、このままお見合いという形で……」


 その後轍家の執事の了承も受け(もちろん夕人の了承も)、制服のままお見合いという形になった。
 改まった様子で両家向かい合って座り、本格的なお見合いが始まる。


 「改めまして僕は轍 夕人です。王蘭学園中等部在学、趣味は読書、特技は……長距離です」
 「私は中原 奏実……です。星蘭学園在学同じく中学2年で……趣味は漫画読んだり描いたり……これといって特技はないけど暗記すること、ですかね」


 奏実の横で若柳は頭を抱える。
 たしかテンプレでは趣味は読書で特技はお琴、の予定だった。


 「で、これ以外何を話せっての?」


 小声で奏実が言った。
 その奏実の口を慌てて若柳がふさぐ。


 「ここはお二人でごゆっくりという方が……」
 「あ、え、そ、そうですね! 二人とも緊張なさってるようですし!」
 「私はしてないけどね」


 奏実には笑うしかない。笑うといっても苦笑いの方だが。

 奏実の行動にはまだまだ不安は残るが轍家の執事の計らいでここからは文字通り二人きりになる。
 
 そそくさと両家の執事が出て行ったあとで二人の間に気まずい沈黙が降りた。


 (緊張……してるけど、二人っきりってもっと緊張するよなあ)


 ちらっと奏実の方に目をやると、対して緊張していないらしく(先程本人も言ったように)自分のケータイをいじっている。
 かと思えばこちらの視線に気づいたようで、あの時のように目を合わせてきたり。


 「……あのぅ、さっきは本当に申し訳ありませんでした」
 「へっ?」


 急に話しかけられ、夕人の語尾が持ち上がった。


 「たしかに私には肩書きとかいらないけど、さすがにあんな態度は申し訳なかったよ……いや、ですよね。今更だけどすみません」
 「あ、の……敬語じゃなくても……僕たち同級生みたいだし」
 「いや、うーん……今更だけど、初対面だから一応?」


 そこで夕人はぷっと吹き出してしまった。
 さっきまでは肩書きとか関係ないとか言ってため口だったくせに今更かしこまる奏実が可笑しい。
 それにつられて奏実も笑った。


 「……って、おっといけない!」


 急に奏実が笑うのをやめたかと思うと隣に置いてあったスクールバックを抱え、立ち上がる。


 「ごめん、さっきのセリフもう一度。この先会うことはない。文字通り永遠のお別れみたい」
 「え?」


 夕人がわけを聞く前に奏実はふすまをがらっと開ける。冬の凍てつくような風が暖かい室内に入りこんだ。


 「これが一人目のお見合いじゃないんでしょ? 貴方ならきっといい人見つかるから。少なくとも私とは正反対のタイプのね」
 「ちょ、何を言って……」


 つかつかと廊下、そしてその前に広がる日本風の庭を横切って奏実は歩いていく。


 「そういうこと。もう二度と会わないわね。私これから予定があるから! ばいばい、――轍 夕人くん」
 「お、おお女の子なのになんてことを……!」


 夕人が絶叫するのも無理はない。
 恰好も気にせず奏実は塀をよじ登りそこを軽々と越えて逃げてしまった。
 独り取り残された夕人は呆然と塀を見つめる。

 そこから奏実が戻って来てくれるわけでもないが、あんなところから飛び降りて彼女は大丈夫だったんだろうか?


 「あの〜そろそろ」


 後ろから不意に聞こえた声に夕人はびくっと肩を震わせた。

 運悪くこのタイミングで執事たちが入って来た。
 もちろん奏実専属の若柳もこの中に。


 「ってあれ……奏実様がいない?」
 「えーと……奏実――さんは用事があるとかないとかで」


 出て行きましたよ。

 夕人が言い終えないうちに若柳はがっくりとうなだれた。


 「やっぱり……そうでしたか」
 「ま、まあ……お嬢様もお忙しいようですし! 機会があればもう一度――」
 「いえ、いいのです。そもそもお見合いなんてあのお嬢様には最初から無理だったのです。しかし恋愛結婚となるとさらに……」


 唸り声をあげて頭を抱え込む若柳。そこへ駆け寄る轍家の執事。
 執事さんも大変だなあと横目で見ながら夕人は思う。


 (とにかく、また新しい人と、になるのかな?)


 本音を言えばそれは嫌だった。
 お見合い自体初めてで怖くて嫌というのもあったが、今回はそれだけじゃない。


 (さっきの子……)


 はっきり言って第一印象は最悪だったし、あれがお嬢様だなんて信じられなかった。
 けれど、それはすぐに違った方向へと動き出したらしい。

 恋をするのに必要なものは、「好き」の感情。
 それさえあれば、もう立派な“恋”だ。


 (もう一度会えないかな?)


 「……あ」


 もう一度彼女に会うための口実を、彼は手にしたようだ。






 




⇒To Be Continued...

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