Black Legend Act 02
作者: 米葉   2008年08月23日(土) 01時23分53秒公開   ID:5vwPrV4hnvQ

 美しいものに不用意に触れてはならない。

 毒を持つものほど美しく、恐ろしいものほど綺麗に映る。



 Black Legend

        Act 02 「その少女、危険ゆえに触れるべからず」



 例え世が犯罪に満ち溢れていようとも。

 そこに生きる人々がいるならば、生活そのものが劇的に変化する事は考え難い。

 故に人々の生活は会社もあるし学校もある。裏でどんな犯罪が起こっていようとも日常は簡単には崩れない。

 「ん〜 風が気持ち良いね〜」

 誰にでもなく、少女は歌うように口ずさむ。

 黒いカッターシャツに黒いプリーツスカート。風に靡いているのは首に巻いた黒いマフラー。

 少女は全身に風を浴びながら、眼科に広がる景色を見下ろしている。

 良く焼けた褐色の肌に無造作に伸ばした茶色いロングヘアー。所々跳ねたアホ毛を気にするでもなく。

 少女は手を頭上で組みながら背を伸ばしつつ身体をくの字に曲げる。

 「ん? お? おぉ?」

 眼科に視線を向けていた黒尽くめの少女は瞳をまん丸に広げてある一点で固定する。

 猫を思わせる縦に長い黒目で捉えた標的に対して少女は「にぱっ」と幼い笑顔を浮かべる。

 「み〜つけた」

 楽しそうな笑顔を浮かべた少女が見下ろすのはとある高等学校の校庭。

 その校門から出て行く男の背を見据えて少女は「にししし」と不気味なまでに楽しそうな声を上げる。

 学校の屋上にあるフェンスの上に仁王立ちした少女は笑みを残し、誰にも気づかれる事なく静かにその姿を消した。



 男はランクEに分類される恐喝の常習犯。

 巧妙に手口を隠し、他校や場合によっては同じ学校の人間から言葉と暴力を使い金品を巻き上げていた。

 そんな男は校門から出ると学友達に別れを告げて、少しずつ通学路から離れていく。

 通学に使用する大通りや商店街ではなく、一般人の立ち入らない裏道を通り、ガラの悪いスラム街へ。

 人の気配はあるものの、何処にいるのかが分からず、至る所から全身に舐めるような視線が突き刺さってくる。

 男は手にした鞄を知らず強く握り締め、何度か後ろを振り返りながら真っ直ぐに歩いていく。

 歩く事、凡そ5分。男の体感時間にすれば何倍にも膨れ上がるであろう緊張感の中、男はとある店に辿り着く。

 古い鉄製の扉に赤いレンガ造りの小さなバーだった。

 閉じた扉の奥から人の気配はするが、まるで店そのものが入店を拒むような雰囲気。


 眠る獅子に手を触れるかの如く、男は恐ろしいものに触れるように震える手でゆっくりと扉を押し開いた。


 店内を支配するのは酒とタバコの匂い。

 一歩踏み込んだ先から全身に痛いほどの視線が突き刺さる。

 先ほどまでの舐めるような品定めの視線ではない。明確な敵意に満ちた視線。

 学生服の男は喉を鳴らす事も忘れ、震えそうになる足を懸命に堪えて店内に足を踏み入れる。

 店内は奥にL字型のカウンターテーブル。左右に丸テーブルが2つずつ。

 ざっと10数名の無骨な男が座り、日の沈む前だと言うのに酒を煽っていた。

 一貫して危険な雰囲気を纏っている男達の視線を全身で浴び、学生服の男は一歩、また一歩と店内を進んでいく。

 暗い店内を丁度真ん中まで進んだ辺りで、奥のカウンター席に座った男が椅子ごと振り返る。

 「やぁ、来たのかい、君島の坊ちゃん」

 カウンター席に1人だけ座っている男は、パリッとしたスーツを着こなしているが明らかに普通ではない。

 店内が暗いので顔まではっきと分からないが、左の頬に大きな火傷を負っている男だ。

 店内のどの男よりも明らかに危険で、異質なまでに殺気を放つ男の冷たい眼光が学生服の男を射抜いている。

 ゴクッと君島と呼ばれた学生服の男はココに来て始めて喉を鳴らした。

 いや、鳴らしたような気がしただけだ。既に唾液は口内から失われている。

 「それじゃぁ、君島の坊ちゃん、始めようか?」

 小さく頷いた君島は学生鞄を広げ、床一杯に中身を撒き散らす。

 紙吹雪のように床一面に広がったのは大量の一万円札。その枚数は優に100枚を超えている。

 その様子を見て火傷を持つ男は小さく笑い「良くこれだけ集めたもんだ」と賛美の声を上げた。

 君島と言う男は先に述べた通り恐喝の常習犯。

 その男がこれだけの金品を集めた理由は1つ。チームに入る為だ。

 犯罪者がひしめいているこの世界は賞金稼ぎの登場で均衡が保てなくなっている。

 犯罪者もまた、徒党を組み、襲撃に対抗する為の鎧を作っていく。

 君島もその1人。いずれ賞金稼ぎや警察に捕まるならばと、危険な犯罪者の集まりに認めてもらおうと身を賭した。

 「合格だ、君島の坊ちゃんも俺達の仲間だ。文句はねぇな?」

 周囲の男達から肯定と迎え入れの拍手が小さく起こった。


 だが──。


 この世界には決して触れてはいけない闇がある。

 黒は絶対の象徴。唯一無二にして塗り替える事の出来ない絶対たる色。





 「ちょぉっとまったー!」

 古い鉄製の扉を文字通りぶち破り、悪意の渦中に少女が乱入を来たす。

 黒尽くめの風貌に健康的な褐色の肌を持つ少女。学校の屋上で君島を見据えていたあの少女だ。

 「ランクEの賞金首、君島貴之だね?」

 少女は指を銃の形にしながら人差し指で君島を指す。

 「あ、お金だ!すげー量だ!!」

 君島の足元に散乱している凡そ100万の金を見て少女は驚嘆の声を上げる。


 突然の乱入者に男達は唖然となるものの、すぐに敵意を取り戻す。

 少女の言動から賞金稼ぎであるとすぐに判断が回ったのであろう。

 「おい、お嬢ちゃん、痛い目見たくなかったら引っ込んでな」

 少女の右の椅子に座っていた大柄な男が立ち上がり少女の側面に立つ。

 「いーなー それだけお金があったら、当りが出るまでアイスバー買い放題じゃん!」

 と、羨ましそうな声で場違いな感想を呟きながら少女は視線を上に上げる。

 その視線の先に火傷を負った男を捕らえながら少女は小さく首を左右に振るい、息を吐き出した。

 「ハァ、ランクBの賞金首…… パープルTheファイアか、メンドクサイなぁ」

 火傷を負った男を見て少女は溜息交じりにその正体をいかにも面倒くさそうに呟いた。

 紫の炎の異名を持つ犯罪者。それがこの火傷の男。パープルTheファイア。

 が、この際パープルTheファイアがどのような犯罪の経歴を持っているかなどは些細な問題に過ぎない。

 何故なら、この場に、この黒尽くめの少女の前に姿を晒してしまったのだから。

 「賞金稼ぎごっこは他所でやりな!」

 少女の側面に立っていた大男が拳を振り上げる。

 その拳が少女に触れる直前、少女の身体が僅かに揺れ、拳は空を切る。

 次の瞬間には拳を振るった大男の身体が宙で反転して背中から床に叩きつけられていた。

 「ねぇ、これって正当防衛だよね?」そう呟いて、少女は「にぱっ」と幼くも可愛らしい笑顔を咲かせた。

 「てめぇ!」

 次の瞬間には一斉に男達が少女に群がる。

 しかし、男の拳は1度たりとも少女に触れる事は無く。

 殴りかかった男の顔に、腹部に、少女の痛烈な拳が埋まっていく。

 眼前の1人の鳩尾を殴り飛ばし、振り返り様に遠心力を加えた蹴りで後ろの男の側頭部を蹴り抜く。

 人体の急所を的確に射抜きながら、少女は男達の脳を揺らし、一撃で意識を奪い去っていく。


 「にししし、おしまい?」

 悪戯っぽく少女は笑い、全てを一蹴した。

 後に残ったのは君島とパープルTheファイアの2人だけ。

 呆然とする君島と困ったように火傷の後を抑えるパープルに少女は笑みで降伏を勧告する。

 が、パープルは「やれやれ」と肩を竦めて懐から銃を引き抜いた。

 大型で殺傷能力に優れた大型拳銃デザートイーグル。直撃すれば部位に関わらず致命傷は免れない。

 「お嬢ちゃん、無茶はいけねぇよ」

 「銃ッスか…… だから言ったんだよ、メンドクサイってさぁ」

 少女は肩からがっくりと項垂れるがその顔から笑みを消す事はしない。

 「ごめーん、姫ッチ、ちょっと助けて」

 そう告げた少女の背後から、まるで影から現れるように小さな女の子が姿を見せた。

 喪服のような真っ黒い和服に濃い睡蓮模様。腰に下げるのは小柄な少女の身の丈ほどもある日本刀。

 もう1人の少女は誰にも気づかれる事無く、ずっとソコに居た。静かに、ただ存在そのものが稀有な空気のように。

 「油断するから、こういう事になる」

 額と肩先で均一に揃えたおかっぱ頭の黒髪和服少女は嘆くように呟く。

 「面目ございません」対して褐色肌の少女は舌を出して笑いながら謝罪の言葉を返す。

 ふぅ、と小さく息を吐き出して、和服の少女は褐色肌の少女の前に出る。

 パープルに向き合う形で少女は刀の柄に手をかける。

 「撃ちたければどうぞ…… その瞬間、アナタを斬ります」

 それは警告であると同時に最後通告。

 圧倒的に不利な銃と刀と言う相対でありながら、少女は全く怖気づく様子も見せない。


 パープルは僅かに躊躇ったのち、引金にかかる指に力を込める。


 しかし──。

 弾丸は発射されない。

 代わりに漏れたのはパープルの小さな呻き声。


 確かに銃を放つ為に引金を引いたはずだった。

 が、地面に落ちたのは弾丸ではなく、パープルの人差し指。

 引金に添えていた指が切り取られ地面に転がり落ちていた。

 信じられない夢を見るようにパープルは眼前の少女と自分の手、足元の指と視線を往復させる。

 そう、彼は見えなかった。

 自分の目の前にいる年端も逝かない少女が、

 ”抜刀し”接近し”指を斬り落とし”納刀する”単純な一連の動作が、

 目の前で行われたにも関わらず、見えなかったのだ。


 「失礼…… 私は超速、音も光も、私の速度には追いつけない」

 和服の少女はパープルに一礼をして背を向ける。

 「私はBlack Horse、誰も私に追い付く事は叶わない」

 和服の少女は自らをBlack Horse(ブラック ホース)黒い馬と名乗った。

 その瞬間、パープルの頭の中で全てのピースが当てはまった。

 この2人は、この恐ろしいまでに美しい2人の少女は、決して触れてはならない毒なのだと。

 「Black Beast…… 実在した、のかッ」

 パープルに既に戦意はなく、ただ目の前の黒い獣に怯えるように小さく呻いた。

 「ちょっと姫ッチ、自分だけ自己紹介すんのはずっこくない?」

 ホースと名乗った少女の前に褐色肌の少女が出ると胸を張る。

 「私はBlack Tiger、覚えておいて損は無いよ」

 褐色肌の少女はBlack Tiger(ブラック タイガー)黒い虎と名乗った。

 「ブラックタイガー? ……海老、か」

 ピクリとパープルの一言にタイガーと名乗った少女のコメカミが動いた。

 と同時に褐色肌の少女は戦意を無くしているパープルに跳びかかり、問答無用で顔面に拳を撃ち込む。

 「誰が海老だ!私は虎だっつーの!!」

 その一撃でパープルの鼻が折れ、鮮血を迸らせながら仰向けに倒れこんだ。



 「だから、アンタはっ!」「ごめ、ちょ、ごめんってばー!」



 その後、騒ぎを駆けつけた警察隊がパープルの一味が全滅しているのを全員捕縛。

 呆然としていた君島もその場でお縄に付く事となる。




 Black TigerとBlack Horse

 黒い虎と黒い馬。彼女達もまた、黒の獣。






 世界には決して触れてはいけない絶対的な闇がある。

 唯一無二にして塗り替える事の出来ない絶対の象徴たる黒を纏う者達。

 やがて世界は知るだろう。黒に手を出してはいけないと。黒い伝説の物語を。

■作者からのメッセージ
米葉です。
2話目にして既に長い。もう少し簡潔にしたいものです。
1話目に登場したウルフと声だけ登場したバード。
加えて今回登場したタイガーとホース。この4人がメインメンバーになるかと。
次回以降も長文になる可能性があるかと思いますがお付き合い頂ければ嬉しいです。
感想なんか貰えるともっと嬉しいです。

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