蒼い夏-A summer Day's |
作者: 清嵐青梨 2009年06月20日(土) 23時40分46秒公開 ID:L6pfEASBmTs |
それでも矢っ張り暑い…冷茶が入っている硝子のコップを畳みの上に置いてごろり、と寝そべると一昨日依頼先の際に拳銃で撃ち抜かれた右脇腹に巻かれた包帯に触れる。 一昨日の依頼、というのは一週間前家宝として大切にしていた純金のマリア像が賊の手に拠って盗まれてしまい、是非そのマリア像を取り返して欲しいという依頼だった。 東京に再び戻ってきてから一発目の依頼だったので、「請負屋」…即ち何でも屋として活躍している彰にとっては、これは良い憂さ晴らしになるかも知れぬと思い即座にその依頼を引き受けた。 そして一昨日、賊のアジトを嗅ぎ付け早々と見張り役の二人を倒し奴等にバレぬよう盗まれたマリア像を取り返したのは良いが、その後未だアジト内にいた奴等の仲間に気付かれてしまい、結局アジト内で戦闘をする羽目になってしまった。 だが元十本刀の一人としては流石に此処で倒れる訳には行かない…そう覚悟した彰は[修羅]の代わりとなった新たな大鉾[ これで憂さ晴らしにもなり後は依頼人にマリア像を届け出すだけ…そう思い相手に背を向けたのが敗因だった。気絶していたと思っていた賊の一人が拳銃の引き金を引いて彰の右脇腹を撃ち抜いたのだ。直ぐに右脇腹から痛みを感じ左手で抑えるも、逃げ出そうとした賊の一人を回り蹴りでトドメをさした。 その後、依頼人に約束のマリア像を届け出したと同時に依頼人自らが彼の傷の手当てをして呉れた。手当てした後、依頼人は依頼料と彼の治療代を払おうとしたところを彰は治療代で充分だとフォローした。 右脇腹の傷が癒えるまで暫く「 それに京都から操が上京してきたと剣心たちに内緒で弥彦と薫と、上京してきた操が見舞いがてら一言挨拶に来訪してきた。 確かに彼等とは黒騎士事件以来なのだがその事件を解決した後一足先に早々と東京へ帰った彰にとっては彼等に会ったのはほんの数週間ぶりである。 自分が怪我したという情報に心配して慌てて顔見に来て呉れた三人には本当に感謝と申し訳ないという双方の気持ちで一杯になった彰は、今度からはこのような失態のないよう気をつけなければいけないと己の信念に固く誓った。 だけどいつこの間倒した賊の奴等が返り討ちにして来るのか分からない以上、下手に借家から動かない方がいい、と思った彰はこうして暑い熱帯の夏を過ごしていた。 カラン…と硝子のコップに入っていた氷が鳴った。既にコップの中身が空になっており太陽の熱が中身の氷を溶かそうとしている。 冷茶のお代わりを入れようと思い寝そべっていた身体を起こそうとした途端、玄関からダンダンと鍵が掛けられた引き戸を叩く音と同時に、彰ーいるかー?と聞き鳴れた声が聞こえた。 執拗くダンダンと引き戸を叩く音に彰は、裏手から回って来い、と大声で声の主に向かって言った。その声を聞いた彼は本当に裏手に回り、縁側で簾の影に隠れるように寝そべっている彰を見て、おめーこんなところで何寝そべってンだ?と寝巻き姿の彰を見てきょとんとした表情をして聞いてきた。 こんな恰好をして疑うのは当たり前か…彰は濃い青色の光源が入った黒髪を軽く梳くと、こんな昼間っから騒がしい声と音をたてるな左之助…と自分の姿を見ているざんばら頭の青年に向かって言った。 「何って…いつもは道場に来るお前さんが来ねーから態々顔見に来てやったんだ、感謝しろ……って、如何したその脇腹の包帯」 「これか?…黒騎士事件の後一足先に東京に戻ったのは知ってるよな?一昨日依頼受けてさ、そん時賊の一味に脇腹撃たれちまってさ、要するに怪我しちまったんだよ。で、只今その傷を治す為に「請負屋」は休業、こうして療養に励んでいるんだよ」 「…の割りにはなんか寛いでねーか?俺にも一杯飲ませて呉れねーか?勿論 「 いない、と最後まで言おうとした時左之助の後ろに隠れていた一人の男の姿が彰の前に現れた途端、さっきまで縁側の下で彰と共に太陽の光に隠れるようにして寝そべっていた葵が、その男の姿を見て縁側の下から出るとワンッと一声吠えた。 その拍子にジャリ…と首輪に付けられた鎖が鳴り白い雌の紀州犬はその男に近寄り尻尾を激しく振る。その様子を見兼ねた男がその白い頭に手を置いてそっと撫でた。 彰は左之助の後ろにいる男の姿を見て、信じられない気持ちで一杯になっていた。確か彼は京都にある料亭にいる筈なのに何故今、彰の目の前にいるのか…。 青色の目を丸くし、その姿を凝視していた途端縁側の縁に置いていた手が誤って滑ってしまいその拍子に身体が傾いた。 このままだと地面に強か打ってしまう…受け身の対応に出遅れてしまい思わず目を閉じたのだが、身体は何故か地面に強か打った痛みを感じてこなかった。そろそろと目を開けると彰の身体は男の腕により確乎りと抱き止められていた。 何時の間に左之助と葵から離れたのか予測出来なかったが、顔を上げると彼の顔が視界に映った。 嗚呼…本物だ…彰はそっと瞼を閉じると再び開いて彼の顔を見ると、何時 つい先ほど神谷道場に着いたばかりだ、と男は静かに口を開くとさっきから庇っている右脇腹の傷をちらりと見て、立てるか…?と聞いた。その問いかけに彰は平気ですよと言って裸足のまま地面に足をつけ立ち上がる。 「暫くすれば怪我も治りますから…そんなに心配な表情しなさんな。そう言えばこっちに着いてから喉カラカラになっているんでしょう?今冷たいもの持ってきますね」 そう言って土埃がついた足の裏を払い落とし、畳みの上に置きっぱなしになっている硝子のコップを持とうと手を伸ばしたが、先に男の細い指が硝子のコップを手に取ると、既に氷ではなく只の水になっている中身に……冷茶かと男が一言呟いた。 よく見ると水になってしまった中身に茶葉の欠片が漂っていた。その欠片で良く冷茶だと気付けたものだと感心していたら、コップの周りに雫が出来ているからだ、と言ってコップの外側を濡らしている雫がぽたり、と地面の上に落ちた。 「それに台所から微かに茶葉の匂いが香ってきたからお前が飲んでいるのは冷茶だと分かったんだ…お前の実家は剣道の他に茶道も嗜んでいるのか」 「といっても茶道は“娯楽”として楽しんでいるだけですし……未だ未だ未熟だけども四乃森さんでよければ、俺の冷茶…ご馳走してやっても構いませんが、如何でしょう?」 「……一服だけ冷たいものをご所望しよう」 「おいおい俺を忘れるんじゃねーっ!彰ーっ、俺も冷てー飲みもんが飲みてーっ!」 一人のけ者扱いにされそうになった左之助は即座に彼―― 四乃森蒼紫の隣に並ぶと彰に冷茶を所望してきた。蒼紫から硝子のコップを受け取った彰は左之助のはしゃぎっぷりに思わず笑みを零すと、分かったから一寸待ってろ、と言って彼は台所へ向かい、棚から硝子のコップを二つ手に取った。 氷と共に入っている冷たい水を入れた盥の中に冷やしてあった薬缶を手に取って、中から薄緑色をした玉露をコップの中へ注ぎ入れると盥の中で小さくなった氷を二・三個掴むとコップの中へ投げ込む。 自分用と客人用の二つを盆の上に置くと淹れたよーっと葵と遊んでいる左之助とその様子を観察している蒼紫に向けて言って畳みの上で一度腰を下ろすと三つのうち一つのコップを手に取り、どうぞ…と縁側に坐っている蒼紫に向けてコップを差し出す。 彼は有難う…と一言言って彰からコップを受け取るとコップの中に入っている冷茶を一口飲むと、冷たいな…と呟くと同時に彼の手中に収まっているコップに入っている氷がカラン…と鳴った。 彰はふっと笑みを零し、そりゃ夏ですからと言って自分用のコップを持つと左之ーお前さん分の冷茶淹れたぞーと未だ葵とじゃれ遊んでいる左之助に向けて言うと、冷たい玉露を一口飲んだ。 |
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