誰かを護る手 |
作者: 清嵐青梨 2008年12月23日(火) 03時05分39秒公開 ID:L6pfEASBmTs |
「あれ…陵牙くんもう帰るの?」 「そうなん、これから一寸用あってな」 カラオケはまた今度な―― そう言って俺は帰り道の交差点でダチと別れ、真っ直ぐ帰路へ行く。 その後は普通に変わらない、一人暮らしにしているマンションに戻り自分の家に上がり、制服の上着を脱いで椅子にかけるとネクタイを緩めハンガーにかけてある砂色のコートを掴むとポケットから白い拳銃を取り出すと、ス…と銃筒を指でなぞる。 思えば「GAME」に参加したのはこの拳銃のお陰であった、たまたま父の部屋を整理してたらいつも使っている机の引き出しの中からこの拳銃を包んだ袋と「GAME」の存在を綴った直筆の手紙があった。 本当ならこんな無意味な殺し合いには参加したくはなかったのだが、若しかしたら白い拳銃について何かあるのかもしれない…自分の直感がそう感じたから「GAME」に参加したのだ。 でも結局、何も手がかりは見つからないままだけどな…。俺ははぁ…と小さな溜め息を吐くと夜までまだ時間あるし何処か時間つぶしに行ってこようかなと思い、白い拳銃をコートのポケットの中に入れると玄関口へ向かった。 元々「GAME」の存在を知る前の俺は只の高校生であった、只何事もないごく平凡な生活をしてきた。一人寂しく夕飯を食べ乍らテレビのニュース番組を見てるたび、 いつも棒読みで言う俺の台詞に、おいおい冷たいじゃないかと呆れつつも結局は愛想笑いを浮かべ、夕飯を食べ乍ら今日の仕事の話を俺に話すのが二人だけの日課だった。 「それでなー俺が犯人の手首に手錠かけてー……って、おーい聞いてるかー人の話ー」 「はいはい、聞いてますよ」 「聞いてないじゃないか、只相槌打ってるだけで」 「聞いてたやないか、ちゃんと耳もあるんやから」 「…はは、陵牙は将来警察官にはならないのか?」 「なるわけないやないか、俺には俺なりの将来をちゃーんと考えてるさかい」 進路の真っ只中まともに就職活動に励んでない親父に言われたかないで、と言い返すと父は食べ終えた食器を片付け乍ら、おいおいそんな酷いいい方しないで呉れよ、と言って台所の流し台に食器を置いて自分の食べた食器を片付け始めた。 既に片付け終えた俺はその姿を横目で確認し、再びテレビに視線を返ると既に別のニュースが入っていた。見出しに「連続殺人犯、今年に入ってすでに六人殺害」と同時に事件があった現場のシーンが入った。 それを凝乎と見ていたら父が洗い乍ら、俺な…明日この事件の捜査に参加することになったんだ、と言ってきた。 あまりにも突然のことなので俺は慌てて後ろを振り返ったらカーペットについてた手が滑ってその場でコケたが直ぐにガバッと起き上がる。 「う、嘘やろ!?あの連続殺人犯を捕まえるのか!?」 「勿論本当だよ、警視庁が俺ンとこの署に緊急要請が入ってきてな… 「そんな……親父が若し危ない目に遭ったら…俺…」 「おいおいそんな大袈裟なこというなよ陵牙。俺は呆気なく死なねーよ」 そう言って食器を洗い終えた父が濡れた手を衣類に擦り付け乍ら俺の方に近寄り、その手で俺の頭を優しく撫で始めた。 「俺はどんな事件でも何でも解決する警察官だ。目の前にいる警察官を信じないで如何するんだ」 傷ついちゃうじゃねえか――父はハハ…と笑い乍ら俺の頭を撫で続ける手を俺はムカッとなり、子供扱いするなよ馬鹿親父!と言ってその手払い除けたが親父が行き成りガバッと俺の身体を抱き締めてきた。 これ以上父の腕から離さぬよう俺をギュッと力強く抱き締めてきた。思わず俺は恐る恐る父の顔を見上げると、俺と同じ色をしている瞳が僅かに揺らいでるのが分かった。 「……親父?」 「はは…俺も馬鹿だなぁ…自分の息子に縋るようなことをしてさ…」 「おい如何したんだよ?親、」 「陵牙……若し、若しもだ…俺がいなくなったら俺の仕事部屋の机の引き出しを開けろ。そうしたら古い封筒と包みがあるから」 若し俺がいなくなったら…絶対にそれを開けろよ…。震えきった声でそう言って父は黙ったままギュッと俺を抱きしめたままそれっきり何も言わなくなった。 俺は何のことだか分からなかったが、只その時の父の表情が凄く悲しそうな顔をしていた。丸で死にたくないとでも訴えるような…そんな悲しい表情だった。その顔を見ていると段々悲しくなってきて、何時の間にか俺は父の背中を落ち着かせるように撫でていた。 翌日、父は早速例の「連続殺人犯」の捜査会議に行くと言って警視庁へ行った。当分家には帰ってこないだろうと思ったのだが、高校に入りたての俺を心配してかちゃっちゃと仕事を切り上げて家に帰ってきたりも屡(しばしば)あった。 早々と仕事に戻れ!と言い返したがこれ以上何も言えまいと流石の俺も骨が折れた。けど本心は…何処か嬉しい気持ちがした。毎日忙しい日々を送っている父だけど、態々俺を心配してまで仕事を終わらせて帰ってくる真面目な父が…俺は大好きだった。 ――あの時がなければ……。 ある日の事だった、俺は授業中居眠りしたことがバレ日が暮れる頃まで居残り勉強させられた。 (チクショー!あの糞先公のせいで夕飯の時間ギリギリになっちまったやないか!……ま、親父は何時も遅くなるのがお約束やけどな) と、内心愚痴り乍ら帰路へ向かおうとした時遠くからガシャンッと硝子が割れた音がした。その音に吃驚して振り向くとビルの入り口に野次馬がわいわい騒いでいた。さらに野次馬が入ってこないよう警察官がその周りを固めていた。 一体何か遭ったのだろう…直感でそう感じた俺はその野次馬の中へ入るなり、こら現場へ入るな!と早速警察官に止められた。 「現場って…事件でもあったん?」 「嗚呼…このビルの中に例の連続殺人犯が人質を捕らえて匿っているんだ」 「へぇー人質ねぇー…そらこれくらいの野次馬がいるわけやな…御苦労さ、」 「けど……佐野警部補が単身あのビルの中へ入ったっきり戻ってこないんだよな」 「――――え?」 今この警察官は一体なんと言ったのだ?連続殺人犯がいるビルの中に親父が一人で入った……?思わず俺は耳を疑い、警察官の制服を掴んでそれって本当なのか?!と聞いてみたら彼は俺の態度の変化に驚き目を丸くして、あ…あぁ…と曖昧な返事をした。 その時俺は正直自分が何をしたのか分からなかった、只父の後ろ姿が脳裏に浮かんだ瞬間、警察官を退いてビルの中へ入ったのを覚えている。けど頭の中が真っ白でこの先のことを何も考えていなかった。 薄暗いビルの中に入った俺は入って直ぐに拳銃が鳴る音が聞こえた。破裂したような音が鼓膜に響くのを感じた俺はその音をした場所を行こうとしたら、目の前から人質の女性が飛び出してきた。 思わずその人とぶつかり尻餅をつくと顔をあげ酷く狼狽している女性に父のことを聞いたら、彼女を逃がして会議室で連続殺人犯と対峙していると聞いた俺は早よ警察のところに行けや!と言葉を投げるとその場所へ向かった。 向かったと同時にこの間の父の表情が思い出した。あの震えきった声で言った父の悲しそうな表情…。その表情は明らかに近づいてくる“死”を恐れている表情だった…。ギュッと唇を噛み締めたら何時の間にかその場所に着いていた。 窓硝子が数えないくらい銃弾で酷く割れていた、その大半は内側に硝子が入っている。でも不思議と割れた硝子の欠片が日暮れの夕日に反射してキラキラと輝いていた。それと同時に輝いた欠片が丸で血痕のようにも見えた。 思わずそれに見蕩れていたら陵牙!と自分の名前を呼ぶ声が聞こえた、その声が父の声だって気付くのに数秒かかったが、聞き覚えのある声を聞いてそれから目を離す。 目の前に俺の姿に目を丸くした父がいた、それに気付いた連続殺人犯(夕日に逆光して姿は明瞭と見えない)が狂気の笑みを浮かべて銃口を俺の方に向けられた。 その時俺は金縛りにあったようにその場から動かなくなった、いや…動けないのだ。身体が丸で自由を奪われたように言うことをきいて呉れない。 その様子に気付いた父が拳銃を連続殺人犯に向けられ引き金を引いた。パァンと張り詰めた音がしたかと思ったらその次にギャアアッと不気味な悲鳴が聞こえた。ちらりと見ると連続殺人犯が片目を抑えていた、父の銃弾が右目に当たったらしく其処から夥しい出血が出ていた。 それを確認した父が俺に近寄り、馬鹿野郎!なんで来たんだ!と俺の肩に手を当て怒鳴った。久しぶりに聞いた父の怒声に俺は吃驚して目を伏せた。 「御免なさい…」 「……叱るのは後にするから、今は連続殺人犯の逮捕が先かな」 「でも親父…其奴を撃ったやろ…?」 「バッキャロー、俺の息子を傷物にさせるかよ。何たってお前は俺の息子なんだからな」 微笑み乍らそう言って俺の肩を離した瞬間、再びパァンッと張り詰めた音が聞こえた。何だろうと思い周囲を見回したら、僅かに俺の頬に小さな何かがピタッと当たった。それに気付き恐る恐る指で頬を触ると指先に紅いものが着いていた。 それが血だということが分かったのは、スローモーションで父が左胸を抑え前のめりになって倒れた瞬間だった。 ドサッと鈍い音で俺に寄りかかってきた父の身体を支えたら、ガシャンッと硝子が割れた音が聞こえた。連続殺人犯が逃走を図ったのだろう、彼奴がいた場所には夥しい出血量が残っていた。 それよりも俺はゼェゼェと息苦しい息づきをしている父を見た、苦痛の表情を浮かべ乍ら左胸の痛みに耐えようとしている彼に俺は只々その様子を見てることしか出来なかった。 「……親、父?」 「チッ、逃がしちまったか。…まぁ良いや、大事な息子を護れただけなら」 「俺なんか如何だってええ!それより早く手当て、」 そう言いかけた俺は父を押しのけて助けを呼ぼうと手を伸ばしかけた途端、父がその手首をガシッと掴んだ。掴まれた感触に気付いた俺は恐る恐る彼に向けると荒い息をし乍ら、馬鹿やろ…助けなんか呼ぶんじゃねえ…と辛そうな声で俺に向けた。 「今頃俺の部下が犯人を追ってるだろ…そのうち捕まるから大丈夫だ…それよりも陵牙…お前は大丈夫か?怪我…してねーか…?」 「俺は大丈夫やから……もう喋るな馬鹿親父!!早死にしたいんか!?」 「馬鹿野郎…早死にはお前の方だ…馬鹿息子…。なんで逃げねーんだよ?」 「…俺は……親父を置いて逃げるわけには行かなかったから……、」 「……陵…牙…?…」 「大事な親父を置いて一人で逃げ腰で行くかよ馬鹿親父!!何時も何時も事件に首突っ込んで……俺を置いて逝く馬鹿な警察官がおるか!!」 俺はギュッと父の服を掴んで顔を伏せた。俺の泣く姿を父には見せたくはなかったのだ、これ以上父の悲しそうな表情を見たくはないから…。これ以上辛い気持ちを必死で堪えている父の姿を見たくはないから…。 きつく父の服を掴んだ手に父の大きな手がその上から被さってきた。それに気付いた俺は涙を流した顔を上げた瞬間、ギュッと父が俺の身体を抱き寄せた。もう左胸の傷跡なんか抑えてなんかいなかった。只々、俺の身体を離れないくらい抱きしめた。 「馬鹿馬鹿うるせーよ馬鹿息子……。ま、俺の息子だから何も言えんけどな…」 「……親、」 「良いか陵牙…人にはな、善と悪の二種類の存在がいるんだ。今の俺なら“善”だけど…あの殺人犯といた俺は“悪”だ…“悪”のままの俺だったら簡単にお前を撃ち殺した…」 「…………」 「お前は…“善”のままのお前でいろ…。俺のような…血に染まった手になるんじゃ…ねえぞ…」 だから…と言いかけたところで父が突然俯き出したかと思ったらガハッと口から血を吐き出した。俺は慌てて父から離れようとしたががっちりと腕の中に入っており、離れようとも離れることが出来ない。 丸で自分の手から俺が何処かへ行ってしまうかのように…きつく…何処にも行かないように…。 「だ…から… そう言って父がふっと消えるような優しい笑みを浮かべた後そっと瞼を閉じて首筋に顔を押し付けた。その瞬間一気に体重が重くなり支えきれないくらい重かったのだが、それでも俺は父の身体を受け止めた。 その身体がもう冷たくなっているのに気付いているのにも関わらず、俺は只々父の身体に手を回して、まだ溢れ落ちる涙を流す顔に父の肩を押し付け小さな嗚咽をあげた。 「ば……か…勝手に逝くな……馬鹿…親父…ッッ」 俺はそう言ってギュッと父の服を掴んで声が枯れるまで、父の同僚の警官が来るまで、溢れ落ちてくる涙が最後まで流れ落ちるまで、ずっとその場で泣き続けた。 とある喫茶店でのんびりと珈琲と飲んでいたら見覚えのある姿が喫茶店に入ってくるなり俺が座っているテーブルの向かい側に座ると、一人でブレイクタイムですか?とからかうように聞いてきた。 「一人で悪かったな阿呆。お前は隼人と一緒やなかったのか?」 「あの忍修行一筋阿呆は後から集合場所に行くと言ってた」 そう言って勇輝は指を絡ませて俺を凝乎と見てくるので、お前の視線が凄く痛いで、と言い返してやったら俺は優しい視線を送ったつもりだけどな、と言って砂糖が入った和風のポットから角砂糖を一つ取って口の中に放り込む。 「あー寒い寒い…そうだ、殺り終わったら飛馬たちと一緒に雪合戦でもしようか」 「危うく石入りの雪球を投げて来るかもよ、大地はいつも俺に向けて投げてくるからな」 「怖いなそれ……。いつも思ったけど」 陵牙の手って優しいよな、とさらにもう一つ角砂糖を取って口の中に放り込んだまま俺の手をじろじろ見て聞いてきた。それを聞いた俺は飲み終えた珈琲カップを置いて自分の手をじろじろ見て、そうか?と言った。 「親父が“善”に染まれ、誰かを護る手になって言われたことがあったからな…」 「…ふーん、だから優しいんだな。陵牙の手」 どうりで何処か優しいなーっと思ったんだ―― そう言って勇輝は席を立って飲み終えたなら早々と行くか、と言って先に店を出る。一寸待ちぃ阿呆、と勇輝に向けて言うとその後を追うように俺は早々と代金を支払うと彼の後を追った。 今でもちゃんと…父が残して呉れた言葉は守っている…。 “善”へと染まる、誰かを護る手に……。 |
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